第2部

電話を切った直後、病室のドアが激しく叩かれた。
肩で息を切らし、顔を真っ青にした孝志が飛び込んできた。後ろには、派手なメイクのリナもいた。
「かおり、さっきの言葉本当か? 誰の子だ? 俺の子なんだろう!」
私は冷たく答えた。
「出ていって。あなたは私を罵倒し、他の女を妊娠させて家から追い出したのよ。私たちの縁は半年前に完全に切れたはずだわ」
孝志は血走った目で私を睨みつけた。
「計算すればそのガキが俺の種である可能性は十分にある。もし俺の息子なら、DNA鑑定をして俺が引き取ってやる」
リナもクスクス笑いながら追い打ちをかけた。
「どうせ生きずりの男にでもはめられたんでしょう。毛嫌いしい」

私は震える手で、ベッドに投げ捨てられた豪華な結婚式の招待状を握りしめた。来週、この町で一番高級なホテルで200人規模の式を挙げるという。
彼らが去った後、私は隠し持っていたもう一台のスマートフォンを取り出した。画面には、私の本当の身分を知る人物からの着信が入っていた。
私の本名は一条寺香。国内有数の巨大企業・一条寺グループの総帥の一人娘だ。
結婚する際、私は「お金や権力ではなく、私自身を見て愛してくれる人と結婚したい」という純粋な思いから、身分を隠し、地方の公務員の娘として彼と結婚した。父は反対したが、「限界だと思った時はいつでも戻ってきなさい」と許してくれた。
その結果がこれだった。

病室に現れたのは、父が最も信頼を置く秘書・近藤さんだった。
「会長もお嬢様が無事にご出産されたと聞き、涙を流して喜んでおられました」
私は静かに指示を出した。
「準備はできたわ。全て計画通りに」
一条寺グループの力を使えば、一介のサラリーマンや地方の成金を破滅させることなど容易い。しかし、私は彼らが最も幸せだと信じている結婚式の会場で、全てを奪うと決めた。
退院の日、孝志とリナが再び現れた。彼らは私を病院の駐車場で辱め、DNA鑑定を強要し、私の人生を終わらせると豪語した。
「分かりました。披露宴には必ず伺います」
私は低く答えた。
披露宴当日。

グランドロイヤルホテル最上階のブライダルサロン。タキシード姿の孝志は鏡を眺め、満足げに笑っていた。
しかし、会場のモニターに映し出されたのは、彼とリナが会社の金を流用し、偽装妊娠の打ち合わせをしている映像だった。
そして、スポットライトの下に現れた私は、かつての地味な妻ではなかった。
白銀のイブニングドレスに、一条寺家に代々伝わる大粒のエメラルドを身に着けた、圧倒的な存在感を持つ女性だった。
「一條寺様、本日はようこそお越しくださいました」
ホテルの支配人が深く頭を下げた。
孝志の顔から血の気が引いた。
「一條寺グループの令嬢……総帥の娘……?」
父と、幼馴染みであり今は副社長の神宮寺ケントが現れた。
父は静かに、しかし圧倒的な威圧感で言った。

「佐藤君が私の娘を『金も家柄もない』と罵り、私の大切な孫を『薄汚いガキ』と呼んだのは君だったかな」
一条寺グループが彼の会社への出資を引き上げ、全ての取引を停止すると宣言した。さらに、リナの偽装妊娠と借金、孝志の横領と脅迫の証拠が次々と暴露された。
会場は地獄と化した。
孝志は「やり直そう」と私の足元に膝まずいたが、私は振り向かなかった。
「あなたが私を『惨めで自分を自覚しろ』と言ったわね。今、その言葉をそっくりそのまま返すわ。名前も家柄も地位も資産も、そして家族の愛さえも全てが仮物だった偽物の男。それがあなたの正体よ」
警察官に連行される彼らの背中を、私はただ静かに見送った。
数日後、私はケントと父、そして息子の蓮と共に、一条寺の本邸に戻った。
「かおり、これからは僕が君と蓮を守る。もう二度と君に悲しい涙は流させない」
ケントの言葉に、私は心の奥底にあった氷が溶けていくのを感じた。
離婚から半年後、元夫から届いた再婚の知らせは、私を地獄へ引き戻すための招待状ではなく、本当の幸せへと導く逆転の鍵だった。
私は今、心から清々しさを感じている。侮辱に満ちた過去を脱ぎ捨て、新しい名前、新しい家族、そして揺るぎない誇りを持って、前を向いて歩き出す。
愛する蓮とケントと共に、私たちの前にはどこまでも広く輝かしい未来が広がっていた。


